九州大学医学部中退後、新聞記者、雑誌記者を経て独立。
取材国は50数ヵ国に及ぶ。
38歳のとき脳梗塞で倒れ一時は半身不随と成ったが、必死のリハビリで再起。この闘病生活中に、人生はたった一回しかないこと、またどんな人にもなすべき使命があってこの地上に送られていることを痛感し、この宇宙には大きな仕組みがあり、それに即した建設的で前向きな生き方をしたとき、実りある人生が築けることに目覚めていく。
こうして闘病中に起草した『安岡正篤の世界』がベストセラーに。
以後、次々にベストセラーをうみ出し、講演や執筆に大多忙となる。