2001年、日本人4人目の第一シード入りを果たし、若くして日本のエースとしての地位を確立していたが、ソルトレイクシティオリンピック後に左膝前十字靱帯断裂の大怪我を負う。長期の戦線離脱を余儀なくされるものの、懸命なリハビリの結果、2004年に競技に復帰した。従来の長いスキー板からカービングスキー(短い板)に一早く切り替えた結果、2004~2005シーズンのワールドカップ第8戦で4年ぶりとなる入賞。
さらに2005~2006シーズンのワールドカップでは自己最高となる4位を筆頭に安定した成績を残し、トリノオリンピックでは3位と100分の3秒差の4位に入り、日本人として50年ぶりの入賞を果たした。
しかし、バンクーバーオリンピックに向けスタートを切った矢先に再び試練が立ちはだかる。今度は右膝前十字靱帯を損傷し、再び戦列をはなれた。適切な治療とリハビリにより、当初の予定より2ヶ月も早く雪上に復帰し、2007~2008シーズンのワールドカップ全戦に出場した。
バンクーバーオリンピックでは攻めの滑りで挑むも、一本目で途中棄権となる。
オリンピック直後、現役続行を表明し、2011~2012シーズンより実戦復帰を果たし、2012~2013シーズンはファーイーストカップで総合優勝を果たす。
2014年3月、アルペンスキーヤーを引退。プロスキーヤーとして全日本スキー技術選手権大会出場を発表、2016年アルペンスキーワールドカップの実行委員会副会長に就任するなど、ウィンタースポーツの発展の為に経験を活かしていく。
2015年10月、全日本スキー連盟理事に就任。
【主な成績】
2000~2001年 ワールドカップ男子回転総合18位、世界選手権男子回転10位
2001~2002年 ソルトレイクシティオリンピック男子回転 出場
2004~2005年 ワールドカップ男子回転第8戦7位入賞、総合21位
2005~2006年 トリノオリンピック男子回転4位
ワールドカップ男子回転第5戦4位入賞、第7戦6位入賞、第10戦7位入賞、総合10位(第一シードに復帰)
2006~2007年 ワールドカップ男子回転第1戦13位
2008~2009年 コンチネンタルカップ(志賀高原)優勝、全日本選手権(野沢温泉)優勝
2009~2010年 バンクーバーオリンピック男子回転出場
2011~2012年 Far East Cup男子回転3戦にて優勝
2012~2013年 Far East Cup男子回転年間総合優勝