5月27日(水)に都内で弊社お得意様ご主催の講演会で清水宏保先生の「限界に挑み続けて」と題しての講演を聴いてきました。
冒頭7分間の紹介DVD。
登壇後、「きっと皆さんの第一印象の心の声は“小さっ!”」で講演スタート。
公式発表は身長162cm、実際は161.8cm。
現在太腿は60cm、現役当時は68cm。
膝付近を「気持ち悪いでしょ」と見せながら、現在でもパッと見、膝と筋肉の位置が判り辛いので、と説明。
今も男子オリンピック出場選手では一番小さい。
「しかし少し前に危うく抜かれる所だった、猫ひろしに」で場内大爆笑。
スポーツ選手にはケガがつきものですから現役時代のノウハウとキャリアを活かす為に札幌で治療院とリハビリ型介護施設を経営、実業家の一面も。
先日のフジテレビ「めちゃ×2イケてるッ!」のテストで12人中11番だった。
最下位は元巨人軍の元木さん、さすがに番組内でどうすればオイシイ立ち位置にいられるかをよく考えていて感心した。
選手時代、引退後の失敗談。
立候補した時のエピソードを松山千春氏、鈴木宗男氏のモノマネ(それなりに似てました)を交え披露。
アスリートが挑み続ける為に必要な3つのこと。
①目標設定(する)
②改善(し続ける)
③危機感(を持つ)
これらは一般にも通じる。
「挑戦した人にしかチャンスは訪れない」
関連する具体的な話。
会場の聴講者の方々と一緒に体を動かすことも。
緊張の解し方。
「プレッシャーはサプリ(メント)」
成長する為に必要なもの。
出場した4回のオリンピックでのエピソード。
その中で現在に繋がるケガの話も。
最後に質疑にも丁寧に答えられた。
まさに限界に挑み続け金メダル獲得という頂点を極め、今も「我以外我が師」を旨とされ常に学び、挑戦し続けておられるバイタリティ溢れる講演。
体調やメンタルの管理方法やモチベーションの上げ方など参考になる具体的内容も盛りだくさん。
今後の講演活動にも積極的な姿勢でおられるこの先楽しみな講師です。
ご要望があれば金メダルや太腿を触って頂くことも出来るそうですのでどうぞお気軽にお問合せ・ご依頼お待ち致しております。
2月19日(木)に都内で弊社お得意様ご主催の講演会で古賀茂明先生の「日本は再生できるのか? ~政府に頼らない生き残り方~」と題しての講演を聴いてきました。
ちゃんと話すと90分では全然足りない。
最低7~8時間はないと、と言われ場内をライトな笑いで柔らかい空気に変えた。
限りある中で「アベノミクス」「イスラム国と絡めて外交・安全保障」「原発、日本のエネルギー」「自民党がどうなるか」「政治家や官僚の実態」など時間があれば取り混ぜて触れたい。
ただ皆さんのお顔を見ているとあまり真面目な話をしてもどうかと思うので硬軟混ぜてお話しします。
まずは「経済」の話。
海外から見ると日本の労働力は素晴らしい。
日本人はともすれば死ぬまで働くので絶対に敵わないと思っている。
また技術力も世界最高レベル。
日本は政府にはお金が無いが企業には余っている。
本来企業は伸びている時に仕入れを増やしたり、運転資金が増えたりして借金が徐々に増える。
しかし現状ではずっと以前から企業の借金が減っている。
つまり質の高い労働力があり、世界最高水準の技術を持ち、企業にお金がある。
この状態を見ると必ず成長するに違いないと思うのに成長しない。
何かおかしい。
何がおかしいのか?
「仕組み」がおかしい。
全部揃っているのに力を発揮できない。
アベノミクスが全部悪いわけではないが良いことばかりでもない。
円安になり株価は上がっているが、株価をドル換算すると大して上がっていない。
石油を始め日本は色々と輸入しなければならないが、取引にはドルを使うので円安になると円をたくさん持っていても価値は小さくなる。
日本の富が失われている。
安倍内閣は「改革断行内閣」と言ってきたが実態はどうか?
一例として農業改革の話。
「全中(全国農業協同組合中央会)解体」と花火を上げ日本中の地域農協の監査権限を持つ全中を悪者にし、権限を取り上げようとしたら地域農協は全部反対した。
なぜか?
本来監査は一般企業であれば監査法人が行うが農協の場合全中が行っている。
今まで緩い監査を行っていたからやってこられたのに一般の監査法人が入ることで立ち行かなくなり破綻ということになるかもしれないからそうした。
そこで裏では全中側に「監査部門を切り離して別法人を作りなさい」と。
その監査法人か一般の監査法人のどちらかに監査して貰えば大丈夫なようにした。
そうすることで今まで通りの監査をしてもらえる地域農協も監査業務を一般の監査法人に奪われると思っていた全中も賛成した。
つまり今までと何も変わらないということ。
本質的な改革はできていない。
また、「減反廃止」と声高に言うと農協は「反対!」と大騒ぎになる。
すると新聞がまた「減反廃止は大変だ」と書く。
だが終わってみると何も変わらないように手当てをしてくれた制度に落ち着く。
だから農協が自民党を一切支持しないということには絶対にならない。
財政再建の方法
成功の法則は痛みを伴う改革、経済成長、増税の順でやることでしかない。
安倍内閣は安保法制に取り組んで成立させようとしている以上官僚と組まなければならないので改革はできない。
しかしやっているというフリはしなければならない。
マイナンバーは賛成。
上手く使えば庶民の為の武器になる。
例えば政治家の全ての取引にマイナンバーを付けてさせると相当クリーンになる。
また大反対しているのはお医者さん。
カルテから診療報酬を全て把握される。
そして健保組合がチェックするとどうなるか?
同じ人の名前で同じような病名で違うA、Bという病院に掛かったとし、B病院と比べなぜA病院はこんなにお金が掛かっているのかを調べたら不要な薬をたくさん出していた、あるいはしなくてもいい検査をいっぱいやっていたということがわかってくる。
結果、医療費の削減に繋がるがお医者さんの所得は下がる。
だから医師会がどう言って反対しているか?
「皆さん大変ですよ、マイナンバーが付くとどういう病気でどんな薬を飲んでいるか全部登録されますよ。そうすると覗き放題になるんですよ。とんでもないでしょう」と言う。
原発は「危ないのでは?」と「核のゴミの処理ができないのでは?」の二つが問題。
原発を止めた方が良い理由は止めた方が日本は成長できる。
原発はコストが掛かり過ぎ。
日本は原発に頼りすぎた為に再生可能エネルギー分野で完全に遅れてしまった。
今ならまだ間に合うが原発を再稼働することで安倍政権はそれを捨ててしまった。
官僚は元々悪い人がたくさんいるわけではない。
皆普通の人。
だが眼前に二つ道があり一方は人の為になる、でも自分は損をするかもしれない、他方は国民の為にはならないが自分は得するという二つの内どちらを選ぶか?
例えば道に10万円入った財布が落ちていて誰かが見ていたら誰もが迷わず警察に届けるでしょう。
しかし誰も見ていなければ本当に困っているかもしれないけれどわからなければいいやとポケットに入れ自分のものにしてしまう人もいる。
他方の道を選ぶ官僚は「わからなければ何をやってもいい」と思っている。
官僚には3つのタイプがある。
1つ目は「消防士型」。
人を助けてありがとうと言われたい人。
処遇に不満は持たない。
2つ目は「中央入り官僚型」。
お金の為ではない。
人の為でもない。
自分が一番優秀であるということを証明する為に入る人。
この人たちは名誉、地位、権限を求める。
威張れてチヤホヤされることが一番嬉しい。
最後は「安定型」。
面倒臭いことに関わりたくない、逃げる。
失敗したくないのでたらい回しにする。
官僚の理想は当然「消防士型」。
官僚が全員このタイプなら凄く良い国になるが残念ながら現在の日本では“絶滅危惧種”になってしまっている。
「私もその一人」と笑わせながらこれをどう増やすか、増やせるのは政治家。
「この続きはまた来週」と冗談で終えられた。
さすがに改革派の第一人者である元中央官僚の話は興味深い。
随所に笑えるところもあり、決して堅い話のオンパレードでは全くないのでもっと聴きたいと余韻が残る。
「消防士型官僚」だけでなく「消防士型政治家」もいかに増殖させるかを考えなければならないと思った。
2月13日(金)に神奈川県内で弊社お得意様のご主催講演会で桐谷広人先生の「優待株に投資しよう ~株主優待で楽しい人生を~」というテーマでの講演を聴いてきました。
今や中高生に圧倒的な人気を誇る桐谷先生。
一緒に歩いていると桐谷先生は握手を求められることが多々あります。
日本テレビ系「月曜から夜ふかし」(月曜23:59~0:54放送・司会:マツコデラックス、村上信五(関ジャニ∞))の中で株主優待だけで生活し優待券を効率良く使うために自転車を漕ぎ都内を疾走する姿をご覧になられた方もいらっしゃるのではと思います。
桐谷先生も戸田奈津子先生同様に本来は講演が生業ではないこと、数もなかなかできないとのことからホームページに掲載しないで欲しいと言われ非掲載ですが、今回の聴講録は特別に掲載をご許可頂きました。
何と登壇スタイルはリュックを背負ったまま。
アカデミックな株の起源についても少々。
バブル絶頂期には大手証券会社の社員は社内で個人投資家のことを「ゴミ」や「ドブ」といった符牒で呼んでいたほど軽んじていた。
崩壊後個人投資家が大損して激減。
株主優待を今は3,500社の一部上場会社の内1,200社が行っているが当時は200社しかなかった。
株主優待の変遷。
自身の優待株史。
最初に優待で映画が見られるからと日活株を購入し、鑑賞券が届いてみたら当時は直営館でしか見ることが出来ず近くで見られなかったという失敗もした。
自身も持っているカゴメの例。
年2回の優待(千円程度の新製品を含む商品)と配当(優待と配当を併せて年2%程度)や役員報酬を1億円未満も公表して欲しいというようなアンケートの声に応えて個人投資家の意見を反映させたりしていたら6500人の株主が20万人に増え、株価も上がりこの成功例を見た他の企業も続々と株主優待を取り入れるようになった。
ここで背負って登壇したリュックの話。
中身はもちろんご自身が身に付けているもの全て、「効果は見られず禿げておりますが頭のてっぺんの育毛剤からつま先の靴まで」株主優待でもらったものだそうで、TVでよく公開されている優待券だけが期限の迫っている順に入れられている“優待財布”も含め事細かく説明された。
優待は100株でも1万株でも同じということが多々あるので小口株主の方が高利回り。
ちょっと将棋の話。
一流になる棋士は小学生で奨励会に入り中学生で年収1000万円くらい稼いだりする。
ご自身は18歳で奨励会に入りプロの四段になるのに7年4ヵ月掛かった。
その間貧乏でインスタントラーメンを食べ過ぎて胃潰瘍になった。
貧乏が長かったのでお金を使うことが勿体無く貯金していたので株を始め、持ち金だけより信用取引でやればもっと儲かると欲をかいたらバブル崩壊で元の木阿弥。
さらに懲りずに2007年に棋士を引退後また信用取引をやりサブプライムローン問題で大損。
株式評論家の言うことを鵜呑みにすると大損する。
彼らも本当に株の値動きや儲かる銘柄がわかっていたら原稿など書かずに黙って株式投資をやるはずですから、と。
2008年にインターネット取引で初めて追証をくらった。
出かけて戻りパソコンの電源を入れ、証券会社のページにログインすると画面が真っ赤。
通常は残高不足になりそうですよという黄色い警告画面が出てしばらくして残高不足の赤い画面になるがあまりの暴落で一気に真っ赤な画面。
「2日後までにいくら払え」と出ていて、ちょっとお金を持っていそうな友人たちにストレートに貸してくれとは言えないので「追証を食っちゃった」という話をしたら誰か一人ぐらい貸してくれるかと思ったが誰も貸してくれなかった。
結局妹に借りた。
その後また上がり始めたので調子に乗って信用取引を始めたらリーマンショック、ここでも評論家の意見を採用し大失敗。
この時一緒に飲んでいた父親に「人生最大の失敗は株をやったことだ」と言ったら「それは違う、結婚しなかったことだ」と言われた。
父は元々株をやることに反対だったので、バブルの時に「おとうちゃんの年金を俺に預けてくれたら何倍にも増やしてあげる」と豪語したが、預けてくれなかった。
それから1円も手を付けずに持っていた父の年金のお陰で死にそうだった私は救われた。
もし預けてくれていたら全部パーにしていた所だった。
余談だが貰って困る優待は「お米」。
独り者なのでたくさん来ると食べきれないし、人にあげるにも重いので思いの外送料が掛かってしまうから、だそう。
つい笑ってしまう暮らしぶり、お金の捻出方法など盛りだくさん。
優待券を使うのに電車賃が無いから自転車で移動していたら面白がられてTVで取り上げられるようになった。
優待券は使わないと期限があり紙切れになってしまうから現金を使う暇がないという逆自転車操業的な感じ。
おそらく優待株700銘柄を保有する桐谷先生は個人投資家で日本一(自称)。
氏が経験した数々の狩猟型(値上り益追求)投資の失敗から学び、辿り着いた農耕型(配当と優待)投資。
お金をたくさん持っていなくても現在は100株、数万円で買える銘柄が90社もある。
自分の持っている余剰資金で、一つに多額の投資ではなく最低10社以上の銘柄をバランス良く保有していればダメになる会社があっても他が値上がりしてバランスが取れるので丸々損することは無い。
専門家である株式評論家の言うことは当たらないのできかず、素人の優待投資家のブログや本を参考にしながら自分や家族が使えそうな銘柄に投資すれば損することなく優待株生活をきっとエンジョイできるのではないか、やり方によって株はギャンブルではない、と締められた。
笑える失敗談の数々に人柄もあってかいつの間にか“桐谷ワールド”に引き込まれていく。
とにかくよく喋る。
往き帰りの車中でもず~っと喋りっ放し。
具体的なお勧め銘柄などもちゃんと教えて下さいます。
何と言っても話題の「桐谷さん」ですから「桐谷さんとのツーショット写真」があれば中高生のお子さんをお持ちの親御さんはきっと自慢できるのではないでしょうか。
気軽に写真撮影にも応じて下さいます。
旬の講師をお考えの主催者様、是非。
2月6日(金)に都内で弊社お得意様のご主催講演会で笹野高史先生の「待機晩成 ~日本一の脇役が語る人生の美学~」というテーマでの講演を聴いてきました。
この日はご自身で運転される車(黄色のポルシェ)で颯爽と現れました。
控室でお話する中でご趣味が「珍名収集」とのことで私も珍しい苗字ですので大変興味を持って頂きご自身のスマホに登録されました。
淡路島で生まれ実家は造り酒屋、「こう見えてもお坊ちゃま」で“笹野のぼん”と呼ばれていた。
男ばかり4人兄弟の末っ子でお父様は3歳の時に結核で亡くなり、ご自身は「結核保菌者」、「ご希望の方にはお帰りの際に差し上げます、お若い方には特別に口移しで」とジョークで会場を笑いの渦へ引き込んだ。
お母様が若い時分に映画が大好きだった。
映画館に一緒に行き食い入るようにスクリーンを見つめる姿が今も脳裏に焼き付いている。
その母も11歳の時に亡くした。
母の影響もあってか祖母の財布から少しだけ拝借して映画館に通い詰めた。
中学に入り友人たちと「大きくなったら何になりたいか?」という会話をした時に恥ずかしながらこのことの意味すらわからなかった。
将来何になるかを決めなければならないのだと初めて理解した。
そして母が観ていた映画に出ている人たちは「映画俳優」という職業だと知った。
15歳の時ルックスを鑑みれば「映画俳優」を志してはいけないのだろうか?と思っていたところに世に出てこられ憧れたのが渥美清さん。
この人が出来るのならジャガイモみたいな自分でもできるかもと考えた。
ただどうすれば映画俳優になれるか全くわからない。
もちろん近所にも映画俳優は居ないし。
「映画俳優になる本」を買い、隠していたら兄に見つかり大目玉。
「お前がなれる訳無い」と言われ「絶対になってやる」と言い返し、もしなったら淡路島中逆立ちして歩くという誓約書を兄に書かせた。
残念ながらそれは無くしてしまったが思い出して後日兄に「そういうことがあったよね?」と訊くと「記憶にございません」と一蹴された。
周囲には「映画俳優」を志しているとは一言も言えず大学に行こうと調べると日本で唯一「映画学科」が日本大学芸術学部にあった。
その中にも4つのコース①演出(監督)、②技術(カメラマン)、③脚本、④俳優があり、願書提出時に選ばなければならない。
誰にも言ってないのでさすがに④俳優コースとは書けないので演出コースを選び嘘を付いて周囲を欺き上京。
演劇のサークルに入り、自由劇場のメンバーと親しくなり裏方としてスタート。その中には同い年の佐藤B作や柄本明がいて今も付き合いがある親友。
その後23歳の時に実は役者をやりたいとカミングアウト。
しかしお定まりの貧乏生活。
年4回芝居をやると長期のバイトができず生活は不安定。
稽古場に行けば誰かがいてお金を貸してくれる。
お金がなくてもちっとも辛くなかったし、今でも苦労したとは思っていない。
楽しかった。
この頃「男はつらいよ」で大人気になったのが渥美清さん。
俳優としてこの映画に出ることが役者のステータスだった。
あろうことか佐藤B作に先を越されてしまった。
さらに柄本明にも。
ただここで自分にもきっとチャンスがあるのではと思い芝居に精進した。
すると「男はつらいよ」のプロデューサーから声が掛かりその内連絡が行くと言われ狂喜乱舞したが、待てど暮らせど一向に台本は届かない。
痺れを切らしプロデューサーに連絡すると「監督に薦めてはいるのだが山田監督は大変人見知りで、知らない役者は使わない」と言われた。
そうこうしているうちに倍賞千恵子さんの舞台の話が来て、これに出れば山田監督が観に来て下さるのでは、そうすれば「知らない役者」とは言わせないと考え即座に「やります」と。
そして倍賞さんに「舞台をやられる時には当然山田監督はお見えになられるんですよね?」と訊ねると「いいえ、一回も来て下さったことはありませんよ」と言われガックリ。
しかし何とその舞台に監督がカメラマンとお見えになりしばらくして台本が届き夢が叶った。
「倍賞さんのお陰で出演でき今でも足を向けて寝られません、ご自宅がどちらかは存じ上げませんが」
これ以降山田監督の作品にずっと今でも呼んで頂いている。
「B作や柄本は1回こっきりですから」と。
そしてこの出演を機に憧れの渥美さんとの交流もスタート。
山田監督の「武士の一分」では日本アカデミー賞「最優秀助演男優賞」を始めいくつも賞を頂いた。
お陰で頂く役も徐々に大きくなり、かねてより教科書に出ていて自分に似ていたのでやりたかった秀吉の役をNHKから貰い、視聴者から「信長より年上の秀吉はあり得ない」と投書が来たりした。
秀吉の臨終の場面では監督から「もうちょっと早く死ねませんか?」と言われたりも。
亡くなるまで続いた渥美清さんとの交流の数々のエピソード。
随所に笑える話題をちりばめ飽きさせまいとの一生懸命さが伝わり、尚且つ不遇な時に腐らず怠ることなく勉強し努力を続け、来たるべきチャンスに備え巡ってきたそのチャンスをいかに掴み取るかという主題がさりげなくだがしっかりと伝わるとても良い講演でした。
2月3日(火)に都内で弊社お得意様ご主催の戸田奈津子先生の講演を聴いてきました。
中高生対象でテーマは「字幕の中に人生」でした。
本来は講演が生業ではないこと、本業が多忙で数もなかなかお請けできないとのことからホームページに掲載しないで欲しいと言われ非掲載ですが、今回の聴講録は特別に掲載をご許可下さいました。
当日は駅の改札口で戸田先生と待ち合わせ、当社が3日前にも地方で講演をお願いしておりましたのでそのお礼を申し上げながら、会場までの道中色々なお話を伺いました。
その中で私の母と同い年ということがわかり、母には申し訳なく思いましたが現役でそれも第一線で仕事をされておられる戸田先生のお若いことに驚かされました。
先生ももし子供がいたら「私ぐらいの(見事なおっさんですので)年令かと思うとビックリだわ」と仰いました。
さて講演の方はというと「環境は随分と変わってしまったが皆さんと同じ道を少し早く歩いてきた者としてヒントになることがひとつでもあれば嬉しく思います」とスタート。
自分の手の中に宝物があるとそれになかなか気づかない。
皆さんは宝の山の中にいるのと同じで本当に幸せだという認識をまず持ってもらいたい。
中学高校時代は『The Best Time of Your Life 』(あなたの人生で最高の時)。
今の自由な時間で好きなことを楽しみ、この時期を基盤に人生の目標・進む道をぼんやりとでいいから模索しながらちゃんと将来役立てるように使って欲しい。
かく言う私は毎日友人たちと遊んでいて未来の事は何も考えていなかったので後で色々と苦労した。
この時期に得た一番のものは友人。
大学も社会へ出ても友人はできるが生涯を通じ付き合え人生を変えるくらい大きな影響を与えてくれる本当の友人は小学校から高校までの間で出来る。
そういう友を大事にして欲しい。
そして自分の好きなことをやって欲しい。
テレビの無かった時代、パソコンで検索すれば世界中の情報がすぐ見られるという今は想像すらできないこと。
食べるものも無い終戦後の日本しか知らない少女時代に大きなスクリーンでアメリカの夢のような別世界を見てぶっ飛び、カルチャーショックを受けた。
すぐさま映画の虜になった、私だけではなく日本中が。
これが今の私の出発点。
戦後70年、終戦の8月15日の翌日から「これからの時代は英語だ」と言われ続けて久しいが日本人は上手になっていない。
ただ、英語の授業を増やすために国語の授業を減らすことには反対。
日本人である以上正しい日本語で書けて話せて読めるということは最低限必要。
日本人にとって日本語はアイデンティティ。
本を読み、書くことが疎かになってはいけない。
中学に入り英語の授業が始まり、映画が好きだったので映画の一部である英語も好きだった。
もし映画が好きではなかったら英語なんか大嫌いと思っていたかもしれない。
好きな人のことを知りたい、知ればまたもっと知りたくなるのと同じ。
あるドキュメンタリー番組でイチロー選手が最後に「一番のモチベーションは?」と訊かれ「野球が好きだから」と答えていた。
まさしく彼の言う通り、“好き”ということがどれほどの力を発揮するかは彼のキャリアを見れば明らか。
私は大好きな映画の事をもっと知りたいからそれを理解するためにオマケで英語の勉強をした。
授業での英語は楽しくない。
おそらく今までの教科書の中で読み始めたら面白くて一気に最後まで読んでしまったなんてものは皆無。
でも好きなことの本などはそういう教科書たり得るのでは?
英語を継続して学ぶ知恵をお裾分け。
タイタニックのレオナルド・ディカプリオが一夜にして大スターになってしまい苦悩し克服した話。
校長先生に控え室で「変わった職業を選ばれましたよね」と言われたが、確かに字幕の翻訳をやっている人は変わっている人が多いが数は少ない。
私が志したころは日本に10人しかいなかった。
そして映画会社が東京にしかないので東京にしかいなかった。
この10人が全員年配の男性。
ここに女子大出の女の子が入れてくれと言ったところで入れる訳がない。
まるで高い塀が巡っていて入口が無いという業界。
この塀の周りをぐるぐる回ることを20年間やった。
でも回っていたからといっていつになったら入れて貰えるという業界ではないい。
そうしている時にコッポラ監督(の「地獄の黙示録」)との出会いでこの世界にやっと入ることが出来た。
ラッキーだっただけでもしかしたら一生叶わなかったかもしれない。
ぐるぐる回っていた20年間に揺らぐこともなく、一度も辞めようと思ったことも無かった。
字幕翻訳の仕事はたった一人で一週間で仕上げるのが通常。
直訳すると字幕が画面一杯になるので読み切れる字数、短い言葉にしなければならないことが一番の特徴。
小説の翻訳とは真逆。
そこへ行くまでは大変だったけどプロになってからは忙しいけれど仕事はとても楽しかったし今も楽しい。
ハリウッドスターや監督たちは才能があって努力しないと決してその地位まで辿り着けない。
そして人柄も良い。
大勢のキャストやスタッフの先頭に立ち引っ張っていかなければならないので当たり前と言えば当たり前。
リーダーシップがあり人を惹きつける魅力を持っている。
BIGになればなるほど謙虚になり、思いやりがあり威張っている人はいない。
今の映画はCGが全盛。
そのキッカケになったのはジョージ・ルーカスの「スターウォーズ」だと思う。
彼は6話までの内容を10代の時に考え、純粋にそれを誰かに伝えたいと思っていた。
特撮技術を考案してお金儲けをしようしていた訳ではない。
自分の頭の中にある宇宙の話を人に聞かせたい、そのためには技術がないと宇宙の話が描けない。
それでコンピューターを使いCGという技術を開発した。
また、同じことを3Dという技術を産んだタイタニックの監督のジェームズ(ジム)・キャメロンも。
彼は3D技術を使った「アバター」という映画を撮った。
タイタニックで莫大な儲けを出したにもかかわらず彼はその後何年も一切映画を作らず、その儲けたお金と時間を注ぎ込み3D技術を確立しようとした。
なぜか?
彼も「アバター」の話を中学生の時に考え立体的に見せたいと思った。
まさにルーカスと同じこと。
たくさん3D映画が世に出たがアバターがベストだと思う。
それは3Dの特徴を最大限に活かしていることもあるが、他はなぜ3Dで見せなければならないか、というポリシーが無いからかもしれない。
この二人が10代の少年の時に考えた話を人に見せたいというシンプルなモチベーションに由来し、命を懸け技術を自分で開発し、(3Dカメラはジムがデザインから取り組んだ)自分の力で作り上げ夢を実現した。
そして映画を、世界を変えた。
皆さんにもきっと同じようなことが出来るはず。
彼らだって宇宙人ではなく同じ人間なのだから。
聴講した中高生に輝かしい未来が待っているというエールを送り終えられた。
是非若い人たちに聴いて頂きたい内容でした。
戸田先生の全てのスケジュールが詰まっているスティーヴン・スピルバーグ監督から頂いた年季の入った貴重なfilofaxの手帳を少しだけ見せて頂きました。
帰路もご一緒し「今は好きなことをやるようにしているの」と仰った戸田先生は若々しく輝いておられました。
お問い合わせ・ご相談は
日本綜合経営協会は、全国47都道府県を対象に講演依頼に基づく講師派遣や、企画提案などを行なっております。
主催者の開催目的に合わせた最適なご提案から、手続き運営サポートまで。業歴50年、経験豊かな当社スタッフにトータルでおまかせください。