都内での弊社お得意様ご主催の講演会にて、舞の海秀平(まいのうみしゅうへい)先生の「夢は必ずかなう」と題した講演を聞いてきました。 登壇後、引退してから、解説業などを行うようになるまでの経緯をお話されました。
その後にはNHK大相撲解説での北の富士さんとのお話や、最近の大相撲界の話、現役時代の取り組みの話など、大相撲が好きな人にも面白く、あまり詳しくない人にもわかりやすいお話が盛りだくさん。
身振り手振りを交えながらのお話で、笑いもあり、話に聞き入ってしまうとても面白い講演でした。
その中でも、エピソードを2つほど紹介します。
1つ目は、相撲というものについて。 相撲はいわゆる普通のスポーツとは違い、伝統文化であり、伝統芸能でもあり、神事でもあるということ。
土俵で四股を踏むのも、昔は土の中に魔物がいるという考えがあって、それを追い出す儀式のようなもの。
スポーツは体重別が設けられているなど、いかに公平にやるかが大切だが、相撲はそういうものとは違う。
実は、行司がいなくても相撲は取れる。 行司の合図で立ち会うのではなく、力士の阿吽の呼吸で立つもの。
行司は力士が立ったのを見てから「のこったのこった」と言う。
ではなぜ行司がいるかというと、「神様と力士のつなぎ役」であるということ。
スポーツはいかに公平に競技できるかを大事にするが、相撲はお客さん優先で、いかに楽しんでもらえるかというところを大事にする。
だからこそ、横綱が変化したり、猫だましをして勝つと、お客さんは喜ばない。
逆に「なにやってんだ」って怒るわけなのだ、と。
2つ目は、舞の海さんが頭にシリコンを入れて大相撲界に入ったお話。
相撲界に入るには規定の身長があるが、当時の身長では数センチ足りなかった。
そこで有力な部屋に入れば口利きで通してくれるのではないかと考え、出羽の海部屋に入ったとのこと。
しかし一回目の新弟子検査では、身長が足りず落とされてしまった。 根回しをしてくれていないのか、と思ったが、あきらめられずに、身長を伸ばす方法を医者に相談した。
すると知り合いを紹介すると言われ、行ってみると「頭にシリコン入れてみる?」と。
「他にもそういう人いるんですか?」と聞いたら、「ううん、君が初めて」と言われた。
手術は頭に何本も麻酔を打ち、中身の詰まっていない袋状のものを頭皮の下に埋め込む。
そして、そこに何回かに分けてすこしずつ水をいれていくという方法。
新弟子検査の前、規定の身長まであと少しというところで、もうパンパンになってこれ以上入らないという状態になり、麻酔を打って無理やり水を詰め込んだ。
なんとか173センチになり、2回目の新弟子検査に行ったところ、そのときの担当が、第55代横綱・北の湖だった。 見ると全然身長の足りないような人をどんどん合格させていて、これならシリコン入れなくてよかったんじゃないかと思っていた。
だが、誰にもシリコンを入れたことを言ってなかったにもかかわらず、北の湖さんは「痛いだろう」って言ってくれた。
強面ですがすごく優しい人なんだそうです。
後日、親方になぜ一回目に根回しをしてくれなかったのかと話を聞いたら、 当時舞の海さんは就職の内定が決まっていたのに相撲界に入ろうとしていたので、 「この小さい体では相撲界に入らない方が幸せなんじゃないか」と思ったからだとのこと。
しかし検査に落ちて東京に帰って行ったと思ったら、頭にシリコンいれて帰ってきたと驚いたそうです。
あきらめずにもう一回受けようという覚悟が、本物だと思われたんだろうと。
舞の海先生は、もしかしたらシリコン入れなくても2回目は根回ししてくれたかもしれないと冗談交じりに仰ってましたが、シリコンを入れたことを後悔してないとのこと。
この痛みがあったからこそ頑張れたという部分も大いにあるそうです。 その他にも、対曙戦での三所攻めの話や、力士の給料や懸賞の話など、盛りだくさんでとても面白いお話でした。
相撲好きな方はもちろん、少しでも興味のある方には是非聞いてほしい講演です。(ゆ)
都内で弊社お客様のご主催講演会で大久保博元(おおくぼひろもと)先生の「私の野球人生」というテーマでの講演でした。
「たかが野球選手ですが聴いていただければ」と講演スタート。
「名前は言えませんが、三木谷さんは大変でした。こんなことにまで首を突っ込んでくるんだ、と思いました」と楽天イーグルス監督を辞めるに至った経緯を説明。
「嘘つかない、言い訳しない、人のせいにしない」を実践してきて今まで生きて来た。
長嶋茂雄氏エピソード。
茨城の大洗町出身だったので巨人を退団した時に当時1千万円丁度だった大洗ゴルフ倶楽部の会員権を買えと勧められ無理して購入。
1千万円もしたと購入の報告をしたら「1回か2回講演すれば買えるだろう?」と言われ長嶋さんは1回の講演料を500万円貰っているんだと驚いた。
3歳の時に父を亡くし実家が土建業だった母親に育てられたが、生卵1個を弟と分けて卵かけご飯で食べるような貧乏だった。
母方の叔父に小学生の頃「大人になったら何になりたいか?」と訊かれ「野球選手」と答えると「太平洋の中から10円玉拾うより難しい」と言われたが海で泳ぐとよく10円玉だけでなく100円玉も拾っていたので結構なれるんじゃないかと思っていた。
また、母も「お前がなれなかったら誰がなれんの?」と言ってくれた。
小学校1年の入学式から1日100回素振りしようと決め、1日も休まず6年間で1日平均500回は振った。
松井秀喜は1日1000回振ったと聞いて驚いていたら、イチローは1日2000球打っていた。
振った数、打った数がそのまま年俸に正比例していて納得した。
言い換えればバットを数振れれば誰でもなれる職業だと言える。
年号を語呂合わせで覚えることが苦手で母親に覚えられないと言ったら「母子家庭なんだから過去は振り返らないで前向いて行こう」と言われ勉強しなくていいんだと思った。
中学の時やくざの事務所に出入りしていたら親分に「日本一のやくざにしてやって下さい」と頼みに行ったり、高校の時に学校を辞めたいと言ったら「偉い!義務教育は終わってんだから」と言うような豪快な母親だった。
西武へ入団するまでの経緯、広岡さん、森さんとのこと、ジャイアンツへ行ってからの夢のような経験。
「嫌なことは全て運に変わる」という持論。
座右の銘は「我慢」だがTVを見ていてある女性タレントが「死ぬこと以外はかすり傷」と言っていたのを見ていいこと言うな、本当だなと思って今はこれも大事にしている。
ジャイアンツ時代のキャッチャーがピッチャーに出すサインエピソード、日本ハムの白井コーチのサードコーチャーズボックスでのここでは書けないこと。
長嶋さん、王さんの共通点、「威張らない」。
星野さんは威張るのではなく常に怒っている。
今回も今後どうするのか訊かれ、球団に残らないかと慰留された。
怒る反面、周りの人たちのことを常に気遣う星野さん。
現役引退後、ラジオのニッポン放送との解説者での契約の話。
1年目600万円で2年目には倍になるからと結んだ2年目の契約更改で「いくらぐらい上げてもらえるんですか?」と訊くと「このご時世だから10万アップで我慢してくれ」と言われた。
村田真一(現・読売ジャイアンツヘッドコーチ)氏の娘さんの死を目の当たりにし「人って死んじゃうんだ」と思いそこをきっかけに根底から考え方が変わった。
引退後運よく仕事に恵まれ結構稼がせてもらい天狗になった時期もあった。
それまではお金が安いだの、結果がどうのと下らない事を気にし過ぎていたかがよくわかり、この日以来今日死んでもいい人生を送ろうと決めた。
結果を気にせずやることをやり、出た結果を良しとすればプレッシャーは無い。
ハーバードの研究者が成功の可否は8割が「運」という調査結果を発表した。
ではどうやって「運」を呼ぶか?
まずは「明るい」こと。
失敗にめげずニコニコして次があるさと前に進める人のことらしい。
そしてこうしてこうやればこういう結果が出るからうまくいくと考えるのではなく、必ずうまくいくんだと良い結果が出る前提で物事を進められる人。
水戸商業の合格発表前日に母から「博元、お前受かっているからな、明日みんなで合格発表見に行ったら喜んだフリしろ」と言われたことがあった。
一昨日母に「裏口だったんでしょ?」と訊いたら「博元、それは墓場まで持って行くから」と言われた。
自分は学歴が無いので知らないことはもちろんどんな人の話でも興味がある。
選手には「義理と人情とやせ我慢」「人の失敗を笑うな」と言っていた。
2008年に西武の渡辺久信監督にバッティングコーチに呼ばれた時も年間2億稼いでいたが年俸3000万円でも「やるだけやってみましょうよ、ダメなら辞めればいいじゃないですか」と言われそれもメモして引き受けた。
きっとそういう所を見て下さって拾われたと思っている。
「メモ魔」を自認していて、どなたの話でも役立ちそうなことを全てメモし(確かに控室で私と話している時もそうでした)、一日の終わりに必ず小さなコーチ手帳の1Pにまとめる。
交感神経、副交感神経の話から石川遼選手の「なるほどエピソード」。
人を動かす上でも知識として必要。
講演の合間合間に聴衆の何人かに直接声を掛け会話したりして飽きさせない工夫。
監督にとって一番やらなければならないことはチームの士気を上げること。
今シーズンの巨人は士気が上がらず5位くらい、良くてAクラスで優勝は無いという予想。
もし外れて巨人が優勝し、私を街で見かけたら「デーブ、外れたじゃないか」と是非声を掛けて下さい、お詫びにご馳走に“なりますから”と笑わせることも忘れない。
水戸商業の後輩の横田真一プロに「どうすればプロゴルファーになれるか?」と訊いたら「毎日500球練習場で打って毎週2ラウンドすればなれます」と言われ、「そうか」と始めた。
1日1000球を365日毎日欠かさずやった。
そして週4ラウンドでスタートし週7ラウンドにした。
朝5時に起きて7時からラウンドして14時から東京ドーム行って、終わってフジテレビに入って終了後練習場で打ってという毎日。
食事もそこそこに睡眠もろくに取れず車中泊が当たり前の日々。
プロテストに受かるまでの壮絶な日々のこと。
質問にも丁寧に親身になって答えられていた。
ご自身が講演の中でも(謙遜されて)口にされる「バカだから、頭悪いから」という前提で様々な勉強、努力、気遣いなど人の何倍も努力してこられたからこそ西武ライオンズでのコーチ、楽天イーグルスでの二軍監督から監督へとたった12球団しかない内の1つのトップにまでなられたのだろうと容易に想像がつく。
特に若い人たちに聴いて頂き盗めるものは盗んで頂ければ先の人生の展望が開けるヒントになると思いました。
かくいう年上の私もまだまだ未熟ですので大変参考になりましたし、見習わせて頂かねばならないことが多々ありました。
やはり元スポーツ選手の講演は楽しいと再認識しました。
余談ですが後日大久保先生の新橋のお店「肉臓でーぶ」にお邪魔させて頂きました。
そこで偶然にもお客様として来られていた松木(安太郎)先生にお会いし、「先生」、「社長」となりしばしお話しさせて頂き楽しい再会となりました。
2月28日(日)に鹿児島県内で毎年開催頂いております主催者様の講演会で「笑いと人生」と題して林家三平(はやしやさんぺい)師匠の講演と落語を聴いてきました。
今年も「同行サービス」をご利用頂きました。
つい先日日本テレビ「笑点」のレギュラーメンバー新加入の発表がありましたので三平師匠が新たにレギュラーメンバーになられたことはご存知の方も多いと思います。
さて、まずは講演部分。
何と登壇後すぐに客席へ降り聴衆の方々と和気あいあいのやり取り。
これで場内の雰囲気もあっという間に柔らかくしてしまう所はさすがです。
次におそらくナマの落語に接したことがある方がほとんどいらっしゃらないだろうと、落語や落語界についての解説を。
もちろん堅い内容ではなくちゃんとオチで大爆笑へと。
先代三平師(実父)から子供時分に教わった小噺をいくつか披露。
落語界に入るキッカケと入門まで。
落語界の“身分制度”について。
それぞれの“身分”での修行・仕事などの内容。
落語を演じる上での決まり事。
扇子や手拭いの使い方。
聴衆参加型の脳が元気になったり、若返るらしい手の運動を歌いながら楽しく会場一体となりやってみたり。
仕草を実演しながら「何を食べているか?」というクイズを出して笑いを取ったり、お客さんに舞台に上がってもらい実演して頂き場内を大爆笑に包み衣装替えのため10分間の休憩に。
いよいよ聴衆の皆さんお待ちかねの落語へ。
マクラ(落語に入る前の導入部分)で様々な楽しい話をしながら今日のお客様が何を求めておられるか、反応を確認しながら演目を決めるために探ります。
その中から一つだけご紹介させて頂きます。
海老名家の香葉子お母様と三平師匠の家での親子の会話。
香葉子お母様「三平、何か飲み物持って来て、ペットボトルでいいから」
三平師匠「(冷蔵庫の中を見ながら)お袋、“おーいお茶”でいい?」
香葉子お母様「うーん、少なくていい」
わからない方は置いて行きますので悪しからず。
この日の演目は三平師匠がまず東京の高座には掛けない「味噌豆」。
これは唯一先代三平師匠(お父様)から稽古を付けてもらい教わった演目なんだそうです。
お客様にはわからなかったと思いますが大変貴重な演目でした。
さすが爆笑王と言われた先代のご子息、先代三平師匠はじめ多くの落語家の師匠方やご家族の面白エピソードもあり、マクラでも落語でも大いに沸かせ巧みに場内を笑いの渦に引き込んでいきます。
私自身亡くなられた五代目(先代)三遊亭円楽師匠とは深い親交がありましたので、先代三平師匠のお話もたくさん聞いており、大変人柄が良く、偉い方にも若いこれからという人にも分け隔てなく接され、気遣い、配慮もさりげなく、決して悪口を言わず、いつも褒めてくれ後輩に自信を付けて下さる誰からも好かれる素晴らしい先輩だったと伺いました。
そのお蔭だけではもちろんありませんが当代三平師匠も実兄の現落語協会副会長の正蔵師匠も、先代とお付き合いがあった各界の名だたる大御所に可愛がって頂けているのだろうな、まさに「情けは人の為ならず」を実践されておられたに違いないと思いました。
講演と落語というなかなかお目に掛かれない組み合わせです。
きっと「いつもと違って新鮮で良いね」と言われると思います。
楽しい講演会にしたいと思われた時には是非候補に加えて頂ければ幸いです。
都内で弊社お得意様ご主催の講演会で奥村幸治(おくむらこうじ)先生の「プロ野球チームに見る強い組織のつくり方と夢を実現させるためのセルフマネジメント」と題しての講演を聴いてきました。
決して試合に出ることのないバッティングピッチャーを4年間。
プロ野球の経験なし。
身長168cmと小柄、教え子のマー君(田中将大投手)は188cm、体重95kg。
7球団のテストを受け、オリックスにバッティングピッチャーの枠なら、と採用してもらった。
バッターに気持ち良く打たせるのが仕事。
4~10月のシーズン中にバッターに投げる時間は1日20分。
1分間に6球以上、毎日150球以上投げる。
これで年俸は少なくて600万円、ジャイアンツは1000万円以上とも。
翌年1つ年下のイチロー選手が入団してきた。
彼との出会いがなければ今の講演をさせて頂いている自分は無い。
昨年は160回の講演。 (さらに…)
都内で弊社のお客様ご主催講演会で池谷裕二(いけがやゆうじ)先生の「脳を知って脳を生かす」というテーマでの講演を聴いてきました。
普段は実験中心の生活で今日が今年初めての講演会。
忙しくてなかなか講演ができないそうで弊社含めごくわずかの仲介業者からの依頼のみ請けている。
「脳の専門家、言い換えれば「脳バカ」で元来人前で話すのが苦手、講演も下手」と謙遜。(実は抜群に上手いしとても面白い) (さらに…)
都内ホテルで弊社新規のお客様ご主催講演会で片山善博(かたやまよしひろ)先生の「真の『地方再生』と日本の将来」というテーマでの講演でした。
お客様は観光業に従事されておられる経営者の方々でした。
片山先生は余裕を持って会場入りして下さり控室で主催者のトップの方々との様々な会話の中で共通のお知り合いで片山先生の同級生の方から子供時代の先生のあだ名が「おっちん」 (さらに…)
都内で弊社創業当時の最初のクライアントで41年間お声を掛け続けて下さっているお客様のご主催講演会で富坂聰(とみさかさとし)先生の「日本人の知らない中国の現実」というテーマでの講演を聴いてきました。
2014年11月に北京で開催されたAPEC。
中国が大事にした3つの国。
アメリカ、ロシアと何と三番目はインドネシアだった (さらに…)
都内で弊社お得意様ご主催の講演会で萩原智子(はぎわらともこ)先生の「目標達成の極意 ~克己心~」と題しての講演を聴いてきました。
紹介ビデオを約10分、その後登壇。
ハギトモの愛称で20歳の時にシドニー五輪に出場。
第一声「現在36歳、ハギトモ老けたなあと思われてる方もいらっしゃるかもしれませんが」と改めて自己紹介。
身長当てクイズ、何センチでしょう? (さらに…)
1月14日(木)に都内で弊社お得意様ご主催の講演会で岩田公雄(いわたきみお)先生の「2016年日本の進路を読む」と題しての講演を聴いてきました。
当日は学習院大学での講義終わりで会場にお越し頂きました。
180cmは軽く超え、体格もがっしりされ、すぐに岩田先生だとわかる風貌でTV同様のソフトで柔らかく、ニコニコされ感じの良さからいかにも人柄良さそうという正にそのままの先生でした。
控室では主催者の皆さんと開始ギリギリまでにこやかに歓談され、今日は時間も大丈夫で「いける口ですから」と講演終了後は懇親会へも快くご参加下さいました。 (さらに…)
都内で弊社お客様のご主催講演会で吉田たかよし(よしだたかよし)先生の「ストレスに負けない脳のマネージメント」というテーマでの講演でした。
クイズ番組でちっとも正解できないダメな医者などと自虐的に自己紹介。
しかし本職は受験生に特化した“受験うつ”治療の第一人者。
役立つ情報をいかに楽しみながら聴いてもらうことがテーマなので一方通行ではなく双方向の講演だということをアピール。
早速聴講者へ質問。
「意欲の中枢を刺激してやる気を高めてくれるポーズとは?」 (さらに…)
都内で弊社の長きにわたってのお得意様ご主催の講演会で飯田泰之(いいだやすゆき)先生の「アベノミクスの行方 ~経済循環の変化と資産市場~」と題しての講演を聴いてきました。
官庁や金融機関出身のエコノミストの景気判断は基準時点と比べて良いか悪いか、上向いているか下に下がっているかという方向性で行う。
一方大学院などで学位などを取得した経済学者は (さらに…)
都内で弊社「40周年記念無料講師派遣」にご当選されたお得意様ご主催の講演会で雇用制度の内容を入れたいとの講師の希望もあり「日本経済の変遷と雇用制度 ~明るい未来を拓くには~」と題しての辛坊正記(しんぼうまさき)先生の講演を聴いてきました。 (さらに…)
お問い合わせ・ご相談は
日本綜合経営協会は、全国47都道府県を対象に講演依頼に基づく講師派遣や、企画提案などを行なっております。
主催者の開催目的に合わせた最適なご提案から、手続き運営サポートまで。業歴50年、経験豊かな当社スタッフにトータルでおまかせください。